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2010年10月

2010年10月31日 (日)

(180) 基本に返る

最近、やはり目合わせが上手じゃないなと意識させられることが多くなりました。加齢に伴い周囲の子の発達が進展して差が開いてきたことが原因だろうなと思います。

話しかけたのに返事が返ってこない、返事をしてくれるけど顔を見ない、というのはいずれも失礼に当たるのですが、息子はまだそういうことがわかっていないので、日常的に意識させるように努めています。

「お返事は?」「お父さんの顔を見てお話して」・・・話しかける都度これらを言い続けているのですが、なかなか効果を表さないです。「ジュース何が良い?」「・・・」「お返事は?」「はい!」という会話になってしまうこともあり、返事の意味がちょっとズレていることもあります。

しつこく言うと、息子も意地になるのか過剰に目を合わせ続けてきたりするのですが、まだまだ道は遠そうです。

でも、これらで将来息子が損をしてしまうのではかわいそうですし、ABAの基本に返って目合わせをやろうかなと思っています。

2010年10月27日 (水)

(179) 続・学校制度への懐疑

今日、帰宅の電車の中で思い浮かんだ疑問です。

健常の子は、40分きちんと座って先生の話を聞いて、先生の指示に従って行動することができます。ちなみに息子の場合、最近やっと座っていられることがかなり多くなってきたものの、先生の指示に従ったり従わなかったりしているようです。それでも、前よりは良くなったと言われますけど。

今回の本題は、じゃあ、今の学校のやり方が健常の子にとってベストなやり方なのだろうか? ということです。もっと突き詰めて言えば、今の学校教育は健常の子がついていけることは確かなのですが、ついていける=最適であると言えるのか、ということです。

元々、今の学校教育は富国強兵政策が大本になっていて、それは強い国作りに役立つ人材を育てることが主目的でした。知能検査も発端は兵役検査での必要性から編み出されたと聞きます。極論すれば、そういう帝国主義の遺物に則って今の教育制度があるということです。

障害児を切り離し、集団教育についていける人間の能力を高めて軍や社会に送り込むのが効率的で役立った時代があったのは確かですが、一面で個性が埋没し画一的な人間を育てる結果にもなりました。

健常の子にもそれぞれ個性があり、その個性に応じた教育を受けさせる方がその子に合っていることは論を待ちません。ただ、資金と労力がそれを実現させてこなかっただけだと思います。

今の世を覆う閉塞感に思いを致す時、このことを問い直すことは大いに意味があると思います。

2010年10月23日 (土)

(178) 成長したねえ

先日、もう寝ようとしている時の話です。

息子はかなり疲れていたらしく寝入りかかっているところへ、すぐ脇に座っていた妹が何かの拍子でのけぞってしまい後頭部から息子の方へ倒れこみました。彼の頬骨あたりに見事にヒットしてしまい、息子は涙目になりつつも激怒したのですが、妻や私のなだめに応じて割と早くに妹を許しました。

昔だったら大泣きして怒りがしばらくは収まらなかっただろうな、と思うと成長したなあと思います。

今日驚いたのは、息子の要望でマックで昼食を取ることとなったのですが、ストローの紙をはがして、ドリンクに指して私に差し出してくれました。今までそんなことをやったこともないし、こちらも要求すらしていなかったので、どういう風の吹き回しだ??と思いつつも嬉しく思いました。

何でもないようなことですが、成長を感じます。

2010年10月17日 (日)

(177) 後で知ったこと

息子が通った幼稚園ですが、先日とあるクラスのおそらく自閉傾向のある某お子さんの親に「公立の幼稚園に移られた方が、加配も付き易いしそういうお子さんにも慣れていますから環境も整って落ち着くのではないか」と伝えたという話を耳にしました。

これを聞いて、極めて複雑な気持ちになりました。じゃあ、何で息子はそう言われなかったのだろうかと。

無邪気に考えれば、多動・衝動・他害がないから、まだカバーできると判断されていた、と考えることもできるのですが、ひょっとして去年までの息子を受け入れた経験で懲りちゃったのかとも考えられるので、そうならやはり大変だったんだろうか、と疑心暗鬼になっています。

まあ、幼稚園も新設では無かったですし、それまでの豊富な経験から判断された結果なんだろうなあとは思うのですけど。

ただ、幼稚園を責めているわけではありません。幼稚園と言えども経営が成り立たねばなりませんから、自分達でできる範囲を超えている場合にもそれを背負えというのは酷だとは重々承知しています。

でもなあ・・・という思いがちょっと残るんですよね。

2010年10月16日 (土)

(176) 友達を求める

今の息子には、友達を求める姿勢があまり見られません。

ただ、妹とは遊びます。多少関わり方がどうかな、とは思いますが。

とはいえ、妹は段々外のお友達にも関心が出てきて、そちらの子と近所の公園まで遊びに出てしまったりします。そうすると、息子は一人で家に残って宿題をしたり、パソコンで遊んだり、プラレールで遊んだりします。

お外に行ったら? と水を向けても「行かない!」で終わりです。

今はまだ友達を求める心が強く育っていないんだな、無理に外に行かせることはかえって逆効果になるな、と思って本当は友達と関わってもらいたいという親の気持ちをじっと抑えています。

時間の流れは不可逆、後でやり直しはききません。今の選択が正しかったのかどうかはもっと大きくなってからでないとわからない。でも、無理やり芽を出させることはできないし、そんなことをしたら芽がつぶれて二度と出てこないかもしれない。

揺れますねえ。

2010年10月11日 (月)

(175) 妹の運動会(後編)

妹の運動会は無事に実施されましたが、とても暑かったです。

息子は、約束どおり妻と歩いて幼稚園までやってきました。プログラムの中に卒園児対象種目もあり、妻と2人で「出てみたら?」と誘ったのですが結局拒否。しばらくは座って見ていたものの暑さで参ってしまい途中で「帰る」と言い出しました。

まあこれはしょうがないなと思いましたので、私が家まで連れて帰り「一人でお留守番できる?」と聞いたら「できる」との答えだったので、「誰か来ても出なくて良いからね」と言い含めて玄関の鍵をかけて戻りました。

妹の方はかけっこでは堂々の一位でしたけど、お遊戯ではつけるお面が気に入らないと言い出したそうで、途中まではやる気なし、でも最期は少し踊ったりもしていました。

無事に終わり、記念品ももらってさあ帰ろうと幼稚園を出て家の方に曲がったところ、息子と鉢合わせしてびっくり!どうやら、家で一人でいるのが寂しかったようです。「どうしたの?」「まだ帰って来ないなあと思って」だそうで、あまり怒りはしませんでしたが、家に帰って確かめたらやっぱり玄関の鍵は開けっ放しになっていましたorz

ただ、息子は現役当時(今の妹もですが)幼稚園までバスで通っていて、今回の徒歩ルートは道が狭くてバスルートとは異なる道だったのですが、過去何回か通っただけで一人でもチャンと来れるんだなあという能力的なものと、歩くにはちょっと距離があっても目的があれば最期まで意欲を持続させられるんだなあという意思的なものがそれぞれ成長していることを実感しました。

端々で成長をしている反面、それが想像していないようなこと(それも厄介なこと)を引き起こすかも知れないな、と若干の危惧を感じています。

2010年10月10日 (日)

(174) 妹の運動会(前編)

本当は日曜日だった妹の運動会が月曜日に順延されることとなりました。

この幼稚園は、東京へ転勤後息子も1年半通っていました(逆ですね、兄が通っていた幼稚園に妹もそのまま入ったと言う方が素直です)。ゆえに先生方も息子を良く知っています。

ただ、息子はあまり幼稚園に行きたがりません。この前夏休み中に幼稚園まつりが行われたのですが、「僕行かない、お留守番してる」と言って行きませんでした。もちろん、妹は行きましたが。

幼稚園まつりでは、息子と同じクラスだった子が「あれ、息子君は?」と妻に話しかけてきたりすることがあったりました。ただ、その子が何で妻を見て息子の母親だと認識できたかを考えると、何かやらかした、あるいはやらかそうとした時に妻が見て止めに入ったりすることが何度かあったからだろうなあ、そのできごとと共に妻が記憶されてしまっているんだろうなあとちょっと複雑な心境となりましたが。

「明日、幼稚園の運動会に行く? 妹ちゃんが走るよ」と息子に尋ねたところ意外にも「応援に行く」とのご返事でした。明日になったら言うことが変わるかも知れませんが、とりあえずは良い傾向だと受け止めています。

・・・ただ、咳き込んできたんですよね(笑)。

(173) 職場の同僚の話の続き

よくよく考えると自分が心理相談員だったことを思い出し、それを口実としてその同僚と話をしてみました。

心理相談員は職場のメンタルヘルスに関して産業医他と連携して対応する(もっと言えば、窓口業務をして医者につなぐ)のが仕事であり、子どもの発達は本来全く門外漢となります。とはいえ、障害児の親がうつ病になることは十分にあり得、それを未然に防ぐ努力をすることも大切である以上、放置もできないと考えました。また、一応臨床心理士の資格取得も視野に独学していることもあり、職務として心配していて必要なら対応すること、素人だけど知識として知っている内容は伝えることを同僚にお話しました。

結果として逆ギレされることもなく、淡々とお話いただきました。

その時に伺ったお話ですが、発達センターから医師の診断を受けることを勧められたとのことで、医者探しをしたそうです。

ただ皆さんのご想像の通り、まずそういう病院は数が少なく見つけて数件あたってみたけど予約が一杯でやっと1ヶ月先に空きがあるところがあったのでそこに申し込んだとのこと。自分の息子の時は、たまたま田舎にいて割とすんなり診てもらえたことを思うと大変だなあと思います。もっとも田舎はその後の療育機関の少なさで手を焼くこととなりましたが・・・

この当たり、健診による早期発見だけでその先が充実しない状況の改善をお願いしたいところだと思います。同僚に対しても「そういう話はよくあるようですね」としか答えられませんでした。

話かける前にいろいろ考えたのですが、取り合えず持っている本は貸せないジレンマがあり(「何でこんな本を持っているの?」に対する答えがない)、いくつかの有名なHPをご紹介して話を終えました。基本概念を頭に入れるだけでも時間がかかるでしょうし。

2010年10月 3日 (日)

(172) 職場の同僚の話

たまたま、ある同僚のお嬢さんが発達障害の指摘を受け、同僚と自分が同じ境遇となったことを知ってしまいました。

何か力になって上げられることはないかと思ったのですが、自分は息子のことを職場でオープンにはしていません。なぜならば、息子がある程度成長した時に、必要ならば自分で言うだろうし、そもそも親といえども息子のプライバシーに干渉してはならない、という考えに基づくものです。ある発達障害の当事者が、「もし親が勝手にそういう話を周囲にしていたら傷ついただろう」というようなことを書かれていたことにも影響を受けています。

知識や対処法、何よりも心構えについては一度は地獄を見た「先輩」としてお話したいなと思うのですが、取っ掛かりがないんですよね。そもそも、同僚がそういう話を聞きたいと思っているのかどうかはそれこそ障害の受容がどの程度進んでいるかにもよりますし、傷口を広げるだけになっても逆効果ですし。

それに、何でそんなに詳しいの?と問われたら答えようがないなあというところもあって、結局まだ声を掛けられずにいます。

2010年10月 2日 (土)

(171) 学校に行きたくない

相変わらず、そう言い続けているので、最近は「お父さんも会社には行きたくないんだけど、行っているでしょ。誰だって行かなければならないところはあるんだよ」と言っています。

「はい、わかりました」と言う返事は聞いたことがありませんが(爆)、それでも不登校にはなっていないので妻の送り出しに少しは役立っているのかなと思います。

自分の幼少時を思い出すと、学校って楽しいから行くというところではなく、行くものだと思い込んでいたように思います。自分の意思で行かなくなっても良いという可能性すら浮かんでいませんでしたし。当時はそういう子も少なかったのでしょう。その点、不登校という選択をできるというのは、コペルニクス的発想の転換だと受け取ってしまいます。

自分は小学校に上がる時に引っ越していて、言葉からして違う見知らぬ同級生の中で、かなり戸惑っていました。息子も感覚はそれに近いのかも知れないと思います。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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