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2010年9月19日 (日)

(168) スペクトラムと溝

自閉症関係の本を開くと「自閉症スペクトラム」という表現がよくなされています。wikipedia等でも、健常から自閉までの連続体の絵が書かれています。

ただ、実際に自閉症者と健常者の間に人がまんべんなく奇麗に並ぶかというと、そうじゃないように思います。やはり、あるラインで一旦人が途切れるかいてもすごく少ない(例えれば姫路と岡山の間の人口のように(笑))なると思います。

自閉症は環境から学ぶことが難しいという側面があり、環境から学ぶ能力が一定以上あれば成長する過程で、健常方向へシフトするように成長して元々の立ち位置より健常側に振れることが多くなる一方、自閉系の子はそれが不得手であり元々の立ち位置でい続けるのではないかな、と思います。結果として、両者にはやはり溝が発生して相互の理解が難しくなってしまうのだろうなあと思います。

健常の子は他者の存在を意識しその関係性を気にする特性があり、成長するにつれて仲間とツルむようになります。自閉系の子はそういう意識が希薄で、空気が読めないため仲間ハズレのようなことが発生することとなります。加齢につれてこういうイジメの類も収束していくこととなりますが、しばらくはどうしようもないのだろうか、と悩んでいます。まだ、自分の子どもに何かが起こっているわけではありませんが、端的に言えば、イジメって健常の子が必ず一度は通る道筋で、さなぎのようなものかなあと思うわけです。そこを通らないと不完全変態になってしまうわけで。

子どもが生まれた直後から成長過程で脳細胞同士が結びつき、いらないものはアポトーシスで死んでつながりが消えていく。これを繰り返して脳の原型ができると聞きました。イジメというものも成長の過程に出てくる必要悪なのか? とふと思ったわけです。

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