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2010年9月 4日 (土)

(163) 普通って

twitterで、広汎性発達障害の子を普通にすることについて議論されているのを見ました。

療育等で工夫していろいろなことを教えることでできることが多くなる。これは望ましいことだとされるでしょう。でも、それは普通にしたいと思ってやっているのか、と問われると人によるだろうなと思いますし、少なくとも私はそうではありません。

障害を離れて健常のお子さんを育てている親御さんだとより顕著になりますが、例えば自転車に乗れないとか逆上がりができないというお子さんに親が教える時に、「普通にしたい」と願っているとは思えません。単純にできないことをできるようにしてあげたいと思って取り組まれるのだと思います。

また、子どもの障害を受け止められず「普通でないことに耐えられない」からあれこれ療育や代替医療に手を出すというのもどうでしょう? 療育を施すことが障害を受け止めていないことと直結するわけではありませんし、じゃあ何もしないことが子どもの障害を受け止めていることにもなりません。子どもの障害を受け止められず現状から目を背けた結果療育などに何も取り組まない、ってこともあり得ます。

できないことをできるようにして生きていきやすいようにしてあげるというのは、親としての勤めだと私は思っていますが、お子さんの状態によってはそれも困難な場合もあることが分かっております。結局、このあたりのことはおそらく結論出ないんだろうなと思いつつも、頭の片隅には常に意識をしておく必要があると思います。

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