2017年9月10日 (日)

(613) 軽度・重度

発達障害に関わる言葉として、「軽度発達障害」は耳にすることがありますが、「重度発達障害」は聞いたことがありません。

では、「重度」という言葉が遣われることがないのかというと、そうではありません。「重度知的障害を伴う」自閉症、というような遣われ方をします。

これは、よく考えると軽度と重度が非対称になっていることに気付きます。つまり、所謂「自閉症」に関わる部分と「知的能力」に関わる部分について、軽度の場合は(知的にはあまり問題ないけれど)自閉的な部分がある、と自閉的に注目がなされているのに対し、重度の場合は、知的能力そのものに注目がなされている、ということです。

そもそも自閉的な部分が重度の場合、人とのコミュニケーションに大きな弱みがあることは想像に難くありません。この場合、検査を行っても、そこで指示を受けた内容を理解できず、また理解できてもその通りに動く意欲が高いとも思えず、迅速的確に対応することは困難です。その結果として、知的能力についての評価も低くなりがち、ということは十分に起こり得ます。

ゆえに重度の場合、自閉的な部分と知的能力を厳密に分ける実益に乏しいという理解も成り立ちます。なぜなら、純粋に知的能力だけを取り出して評価されることは難しいからです。このことが「重度発達障害」という言葉が世に存在しない理由になっているのかも知れない、とは思います。

この点について、発想を変えると重度とされている人でも、情報のインプットを工夫すれば指示内容を理解できやすくなって、今まで以上のパフォーマンスを発揮できる可能性がある、という推測も成り立ち得ます。

発達障害については、この「あたり前に思われがちだけど、実は詰めて受け止められていない」構造が理解されていない実態があり、この実態についてはより意識される必要があると感じています。なぜなら、このことが発達障害者の就労・社会進出についても、多くの困難を招来してしまう大きな要因になっていると考えるからです。

具体的には、軽度の人は、なまじ中途半端に意思疎通ができてしまうために、支持者は全てを当然理解できると思い込みがちです。このことが、結果として不出来だった時の軽度発達障害者への評価を不必要に低く下げてしまうことにもつながっていると認識しており、この点についての社会の理解度を上げていくことが、不可欠であろうと思います。

「これくらいは言わなくても」と「分かるように言って欲しい」のギャップを意識し、埋めることを不断に行うことが、お互いの不幸を避けるために大切でしょうから。

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